第一部8巻

Part36「さらば八千代台」

 麦は北大進学の為に、古里八千代台を離れる日が近づいていた。束の間の時間をやよいや新しい妹風子と過ごす。やよいは麦と別れることを恐れているようだった。麦はやよいとの間に別れはないと信じていた。ある日やよいと会った麦は父記(しるす)たちがよく行く小料理屋にやよいを連れて行き、そこに記たちも現れる。記は、麦が破傷風で入院していた時に、やよいがすずらんを持って来てくれたことを覚えていた。別の日やよいと会っていて、鉄条網で手を怪我した麦はやよいの家で治療をする。やよいの父親は病院を営んでいた。彼は麦を人間の医者になるものだと誤解していたようで、麦が獣医志望だと聞くと少し失望したようだった。二人でやよいの部屋へ行き、麦は、北海道へ行っても自分を忘れるなと言い、やよいに口づけする。北海道へ発つ前日家族で最後の晩餐を終え、麦と記は馴染みの店へ飲みに行く。翌日岩崎や梅室、やよいが見送りに来る中、麦は八千代台から旅立つ。雑誌の締め切りが迫っているからと言って見送りに行かなかった記は、自宅のベランダで麦の愛猫、涙を抱えて北の方角を眺めて涙していた。


Part37「サッポロブルース」

 麦の北海道での生活が始まった。何人かの知り合いも出来た。その中に獣医学科の先輩佐藤とその親戚松木ゆかりがいた。ゆかりは麦に好意をもっているようだった。麦は佐藤が部長を務めるワンダーフォーゲル部に入部した。ワンダーフォーゲル部の新歓コンパで訪れたスナック「ロバの耳」には、昔麦と心中ゲームを演じた、美貴がいた。麦は講義で教授の、獣医学は必ずしも徹底した治療を行わずに屠殺或いは廃用にすることがある、という言葉に楯突く。そんな中、やよいが麦を訪ねて来る。やよいは、家に帰りたくない、と言う。理由は両親の強引な見合い話だった。やよいが麦の部屋に泊まった翌朝、ゆかりが麦の部屋を訪れるが、麦は慌てなかった。麦はとっくに、やよいに決めていた。


Part38「一粒の麦が・・・」

 麦はやよいのいるマンションから登校した。やよいが見送るのを見たゆかりは麦に、このまま手を引かない、と言った。学校から帰った麦だが、やよいはマンションにいなかった。やよいは外出して迷子になっていたのだった。麦はやよいに一度家に帰ったほうがいい、と言う。出来ればずっとこのままいて欲しいが、それは卑怯な行為だ、やよいの御両親に分ってもらえるまで努力すべきだと言った。今もっている情熱一つだに失うことはない、とも。その夜、やよいと札幌の街を歩き、帰った麦はやよいを抱いた。それから、いくつもの季節が過ぎた。邦雄は二人の子持ちで、上の子はこの春小学校に入学した。岩崎は女子校の先生になり、節子の目に怯えながらモテモテ先生を演じている。梅室は学生結婚をした。民夫は七浪だか八浪の末、東大に合格した。彼は昔から桁違いにとんでもない奴だった。色んな人々・風景が変わった中で一番変わらないのは父記だった。同じ日課をひょうひょうと続けている。新しい母も父につられるかのように静かに生きている。風子はやけに色っぽくなった。それは、少女から乙女に変身したのではなく、少年から乙女への変身のように際立っている。麦は結婚なんかもした。相手について一つだけ言えば、季節の名前をもった人だ。

        ←第一部7巻に戻る ↑目次に戻る →第二部1巻に進む