第二部3巻
Part11「ペンギンの海」
やよいが妊娠していることが分り、麦はこれでやよいの父親に勝てるのではないかと思う。そんな束の間の幸せの中、やよいとの別れは唐突にやってきた。一通の置き手紙を残して。やよいの宿した子は麦の子ではなかった。やよいの父が荷担し、見合いの相手との間に強引に子供を宿されたのだった。麦は実家に戻り、父記(しるす)にどうしていつも冷静でいられるか聞いたりした。記は、悲しみの極みは子供に逝かれてしまう親や、小さな子供を残して逝かなければならない親で、相手が生きていれば幸せだと言った。記は札幌に行った時にやよいから全てを聞いて、麦より先に事態を把握していた。やよいの家に単身乗り込む麦。拒絶するやよいの父。そこへやよいが現れ、やよいの部屋で二人きりになる。今からでも嘘を突き通せ、と言う麦。やよいは麦と別れることでお腹の子供の命乞いをしているのだと言った。
〜わたしにも朝がくる 砂漠から海への行軍がはじまる 一時の安堵と疲労を求めて 狂喜をおし殺し 待ちつづけるヒナのために 背後から盗みとるため うずくまる 親を失ったヒナのために〜(秋田記「ペンギンの海」より)
Part12「初オリオン」
やよいと別れた麦は、実家でじっと苦しみに耐えていた。岩崎とも会ったが、エアポケットにいるようだと言われた。そうしながらも、北海道に帰らなければ、と考えていた。北海道に発つ前の日前の晩、父記と飲みに行った。記は麦を最後に抱いた日を覚えていた。星子のことがあった時だった。あの時に比べれば、相手は生きているのだから、今は幸せだと語った。翌日、今日帰ると言う麦に風子は、見送りに行きたいから学校から帰るまで待ってくれと言い、麦は風子の言う通りにした。夜、風子と駅に向かう麦は、初オリオンを見た。それは自分の新しい出発を意味する星だと感じた。星座はいつか変わる。
Part13「越冬」
北大に戻った麦は、講義を休んでいる間のノートを借りていた学友仲村と「ロバの耳」に行き、麦のおごりで飲んでいた。麦は店のママ美貴にどうしてそう達観していられるのか聞いた。美貴は、顔に出るタイプと出ないタイプがあるのだと答えをかわした。麦たちが飲んでいるところに、一人の女性が現れる。六木と杜村とでススキノに行った時に、麦が相手を断ったソープ嬢水無子だった。麦と飲んでいた仲村たちが先に帰り、水無子と二人きりになった麦は、水無子の部屋まで行くことになる。やよいとの運命の憎悪を修羅だと感じた麦は、修羅から逃れる為には女を抱くしかないと思い、水無子を抱く。翌朝、正月を浦河町で過ごすつもりの麦は、室蘭の実家まで帰る水無子と共に、苫小牧まで一緒の列車に乗った。苫小牧までの61分間、麦は水無子と恋人同士のように過ごし、そして別れた。殺しても殺しても死なない悲しみなら、悲しみだけ越冬すればいい、と感じながら。
Part14「鳩の森」
浦河町の桂を訪れた麦は、昔バクスターの出産に向かう時に乗る馬ぞりを駆った馬のことを聞いた。その馬は、人間で言えば駆け落ち同然の末に生まれた馬で、その馬を桂はビリーブ(信ずる)と名付けていた。そこに、秋子、よしお、智子の、麦にとって鳩子の三兄弟が現れた。智子が言うには、秋子には恋人が出来たが、彼に対して冷たいらしい。麦は秋子に素直に、おめでとう、と言う。翌朝、牧場の人が産気付いた馬がいるので何とかしてもらいたい、とやって来る。競走馬の世界では早生まれの馬はハンデとなるのだ。桂は出るものはしょうがないと言い、麦も思わず「産め!がんばれ」と声を上げる。かえりこぬ時間(とき)よ命よ夢いくつつかの間の海つかの間の空(西森愁)秋子は恋人の章一とデートをしていて、キスを求められたが、拒んでいた。そんな折り麦は桂の小説「白鳳」の後編の口述筆記を頼まれ、朝までかかって書き上げる。一方麦の父記はゲームセンターに入り浸っていた。秋子の恋人章一を紹介された麦は、鳩子たちの中で、希望が色褪せない理由は、その先に深みがあるからだと感じる。
Part15「ポプラ雪」
雪のような蒲公英(たんぽぽ)の綿毛の舞う北大に戻って来た麦は、通学途中ふとしたことで美夏という女子高生と出会う。後に学友の仲村が美夏の家庭教師をしていることを知り、一度美夏の家で美夏とその母親、仲村の4人で食事をする。その後で、仲村に、美夏の母親(お妾さんだった)に、ぞくっとしないかと聞かれた麦は、するよ、とつれない返事をした。それから二人は「ロバの耳」に飲みに行き、仲村は女友達を呼び出し、二人で仲良く飲み始めた。「ロバの耳」のママ美貴は、麦もあんな風に付き合えばいいのにと言った。別の日美夏が麦を訪ねて来たが、麦があしらうような形になってしまった。春のポプラ雪の中、岩崎の本命節子から手紙が届いた。やよいが5月29日、男子を出産、3200g、母子共に健康、という内容だった。手紙を読んでいる時に訪ねて来た美夏の母親。麦は、自分の子供が生まれました、と父にも話せなかった全てを彼女に話した。節子の手紙には二人の不幸と書かれていたが、命の誕生が不幸であってたまるものか、と麦は感じた。
Part16「白詰草」
美貴は「ロバの耳」を閉めるようだ。聞けば、麦の先輩佐藤と結婚するらしい。美貴目当てで「ロバの耳」に通っていた学友たちはショックを受ける。そんな時麦がマンションに帰ると、入り口で美夏が待っていた。母親のだんなさんが来ているので家に帰りたくないと言う。美夏は麦の所に一泊するが、美夏を子供だと思っている麦は何もしない。麦は美夏の為にシーツを取り替えてやった。汗吸うためひるがえる洗ひたてのシーツ願うは夢の発汗(西森愁)深夜母親から美夏がいないかと電話がかかる。(この時には美夏の母親を「あの人」と表記している)母親に対する嫉妬も感じていた。翌日美夏は麦のマンションから登校して行った。その後佐藤先輩と、美貴との結婚について語った。美夏の母親が先日のお礼を持ってやって来た。最後に白詰草の生える河原で美夏に合い、美夏は、麦がいい人だから甘えていた、と言った。昔は詰め物として使われていた白詰草を摘み、二人は大切な人への贈り物とする。麦は一つは美貴と佐藤先輩に、一つはやよいへの贈り物とした。永遠の蓋を閉めて。
(完)
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